デス・オーバチュア
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「……フッ、やはり、オッドアイ様は敗れたようですね」 イヴは天を穿つ黄金の光輝を見届けると、微笑を浮かべて呟いた。 「オッドアイ?」 「いえ、こちらの話です。では、王子様、準備運動が終わったばかりで申し訳ありませんが……早々に終わりにさせていただきます!」 イヴは空高く跳躍したかと思うと、セイルロットに向かって超高速で急降下し飛び蹴りを放つ。 「とっ」 セイルロットはギリギリで後方に跳び退さって逃れた。 大地が爆発するように粉砕し、土塊と土煙がイヴの姿をセイルロットの視界から覆い隠す。 「……くっ!?」 土煙の中から突然撃ちだされてきたピンク色の細い光線を、セイルロットは左手のセイバーで反射的に弾いた。 直後、今度はジグザグなピンクの光線が土煙の中から飛び出してくる。 「規則的なフェイトなど無意味です!」 セイルロットは先程より余裕を持ってピンク色の光線を右手のセイバーで弾いた。 「流石ですね、王子様」 土煙が完全に晴れ、イヴが姿を現す。 「波っ!」 イヴが左手のハンマーを前方の空間に叩き込むと、凄まじい衝撃と共にピンク色のエネルギー弾が『打ち出され』た。 「つっ!」 セイルロットは左手のセイバーで打ち落とそうとするが、エネルギー弾は接触したセイバーを打ち砕き、そのままセイルロットの胸部に直撃する。 エネルギー弾は爆発しながら、セイルロットを後方に吹き飛ばした。 吹き飛んでいくセイルロットを待ち構えるようにイヴが先回りしている。 イヴが右手のハンマーを大地に叩きつけると、セイルロットより巨大なピンクの光球が瞬時に発生した。 光球はセイルロットと接触すると凄まじい閃光と爆発を巻き起こす。 「……くっ!」 爆発に宙に打ち上げながらも、セイルロットはセイバーを地上のイヴに向かって投げつけた。 だが、そこにすでにイヴの姿は無く、セイバーは誰も居ない大地に突き刺さる。 「……ドラスティック……」 「なっ!?」 イヴはセイルロットの真下にいた。 いつのまにか連結し一つになっていたハンマーが、セイルロットの顎を過激に打ち抜く。 弾丸のような速さで空の彼方に飛んでいくセイルロットを、イヴはさらなる超高速で追い抜き、ハンマーを振りかぶって待ち構えた。 振り下ろされたハンマーはセイルロットの脳天に直撃し、彼を地上に叩きつける。 「ムーン!」 イヴは体中から銀色の光を放ちながら急降下すると、セイルロットの沈んだクレーターの中に飛び込んだ。 隕石のように地上に激突したセイルロットが生み出した巨大なクレーターの中に、さらに、銀色の流星と化したイヴが墜落し、凄まじい銀色の閃光と爆発が発生した。 イヴが行った行為自体はそれ程特異なことではない。 ただ単に、ハンマーを三回相手に叩き込んだだけだ。 顎を打ち上げ、脳天を打ち落とし、墜落した相手の顔面にさらに追撃の鉄槌を叩き込んだ……それだけである。 問題は相手の先回りをできるスピードと、ハンマーの常識外れな破壊力だった。 「……ドラスティック(過激、徹底的)に極めさせていただきました……」 イヴはダブルロングハンマーを二本の短いハンマーに戻すと、どこへなりともしまい込む。 セイルロットはクレーターの中心に大の字の形で埋まっていた。 打撃を受けたというより、爆弾の爆発の中心にいたといった感じのダメージを全身に負い、死んでいるのか、気を失っているのか、土に埋め込まれたまま微動だにしない。 「……もう出てきてもいいですよ、魔夜」 イヴはセイルロットを見下ろしたまま、背後に声をかけた。 イヴの背後、クレーターの端からひょっこりと赤頭巾が顔を出す。 「相変わらず過激に危ない奴だぜ……」 赤頭巾こと、赤月魔夜はふわりとクレーターの中に飛び降りてきた。 「だいたいサブマシンガンとガドリング砲とバズーカ……他にもいくつかの火器を一つのハンマーに仕込むなんてどうかしているぜ……そんなもん振りましてよく暴発しないものだぜ」 舞い降りた魔夜は、イヴに向かって歩み寄っていく。 「そのくせ結局は、悪趣味な色のレーザーと波動砲と原理不明な爆破能力かよ……」 「ピンクで悪いかしら? 他の方の光線と被らない色にと気を遣ったのだけど……」 イヴは魔夜の方に振り返った。 「嘘つけ、あんたの趣味だろう? あんたの本来の色……能力は銀色だってのに……」 魔夜は何とも言い難い微妙な表情を浮かべている。 「まったく、その趣味どうにかして欲しいぜ、あ……うぐっ!?」 魔夜の口の中に大きな木箱が突っ込まれていた。 「はい、魔夜ちゃんが大好きな弾薬よ。どうせ、あなたのことだから、後先考えず撃ちまくっていたんでしょう?」 「ふががぁ……」 「弾薬は大切に使うのよ、地上では火器はまだ西方ぐらいでしか満足に普及していないんだからね」 イヴの口調は普段に比べて気さくというか、くだけている。 「それから、ここではイヴって呼んでね。間違っても……」 「ふががぁぁ……ふう、ああ、解ったぜ、聖夜兄……きぃっ!?」 やっとの思いで木箱を口から外した魔夜は、イヴの右手で顔面を鷲掴みにされた。 「聖なる爆弾(セイントボム)!」 イヴの右手が銀色の閃光を放ったかと思うと、魔夜の頭が派手に爆発する。 「兄貴と呼ぶな!」 「……げほ……うう……だからっていきなりこれはないだろう、『お兄様』……吸血鬼じゃなかったら頭が消し飛んでいるところだぜ……」 赤頭巾は完全に消し飛び、煤だらけのストロベリーブロンドと、幼いながらも妖艶な美貌が姿を見せた。 「この姿の時はイヴと呼ぶこと、またはお姉様、お姉ちゃん等……人前で私の名前、性別を暴露したら……爆殺するからね」 そう宣言するイヴの銀色の瞳は恐ろしい程に冷たい。 「……解ったぜ……お兄……お姉様……」 「宜しい。ホーリーナイトこと赤月聖夜(あかつき せいや)、清き夜を司るこの世で唯一の聖なる吸血鬼……ではなく、今の私はリューディア・プレリュードに仕えるただのイヴです。努々忘れぬように……」 イヴはそれだけ告げると、軽やかな足取りでクレーターの外に消えていった。 「…………ふう、やっと行ったか。まあ、弾丸届けてくれたことだけは感謝するぜ、兄貴」 魔夜は、イヴの姿と気配が完全に消え去ったのを確認すると、安堵の息を吐く。 魔夜にとって、聖夜ことホーリーナイトは父親であるミッドナイト以上に苦手な存在だった。 あの義兄は、何を考えているのかよく解らない。 それ故に、何をされるか解らない恐怖があるのだ。 聖夜の気まぐれ……少なくとも魔夜には理解できない理由で爆破されたこともある。 一言で言うなら、聖夜という存在はドラスティック(過激)にデンジャラス(危険)なのだ。 「兄貴の本性はあんなもんじゃない……相変わらず猫を深々と被ってやがるぜ……」 道具で『遊んでいる』うちはまだいい。 聖夜は道具に頼っているのではなく、自分の力を使わないで済ますために道具を使っているのだ。 聖夜が一度キレたら、本性を片鱗でも見せたら……それを想像するだけで魔夜は背筋が寒くなる。 「ふう、私としたことが不覚を取ってしまいました」 「いっ!?」 突然、背後から聞こえてきた声に、魔夜はギョッとした。 背後を確認すると、涼しげな表情で、体についた汚れを払っているセイルロットがいる。 「あんた……あれをくらって……なんで生きているんだ……?」 吸血鬼である魔夜が、自分以上の化け物を見るような目でセイルロットを見た。 セイルロットは体こそ爆発で汚れているが、しっかりとした足取りで立っている。 「むっ? こんな所に居ては危ないですよ、可愛らしいお嬢さん。ここには恐ろしい魔物が……」 今、魔夜の存在に気づいたのかのように、セイルロットは魔夜に忠告を始めた。 「……へぇ、そうなのか……私が来た時には誰も居なかったぜ……」 応じながら、魔夜はセイルロットの横を後退して通り過ぎていく。 「……で、魔物って具体的にどんな姿をしてたんだ?」 「ええ、それがですね。実は、外見はとても美しい女性の姿をしていまして、この私を誑かそうとしたんですよ!」 「……へぇ……」 魔夜は素早くセイルロットの背後に回り込んだ。 「あの美しさ、まさに魔性の美……」 「ヴァンパイアトマホーク!」 魔夜は真っ赤なトマホーク(投擲に適した手斧)を両手に出現させると、迷わずセイルロットの後頭部に叩き込む。 「がっ!?」 さらに、前のめりに倒れ込んでいくセイルロットの後頭部に両足での飛び蹴りを極めた。 そのまま全体重を乗せて、倒れ込んだセイルロットの後頭部を踏みつける。 「悪いな、それはうちの兄貴だぜ……」 魔夜に踏みつけられているセイルロットは身動き一つしない、再び気絶したようだった。 「まあ、血を吸われなかっただけ、運が良かったと思うんだな。私は女の血しか吸わないけど、兄貴の奴は無差別だからな……」 魔夜はトランポリンか何かのように、セイルロットの頭の上を数回飛び跳ねた後と、一気にクレーターの外まで跳躍した。 「じゃあな、下手に首を刎ねるとあんた化けて出そうだから、トドメは刺さないでやるぜ」 魔夜は振り返らずに、背後のクレーターの中で倒れているセイルロットに手を振るう。 「さてと、これからどうするかな? とりあえず、親父に見つからないうちにさっさとばっくれるか」 魔夜はボロボロの長いマントを蝙蝠の翼のようにはためかせて、飛び去っていった。 「……ふっ、不覚でした……」 魔夜が飛び去った僅か一分後、セイルロットは頭を片手で抱えながら立ち上がった。 「まさか、あの可愛いらしいお嬢さんも魔物だったとは……」 セイルロットは苦悩の表情を浮かべる。 「そういえば、魔物というのは力ある者ほど人型を……人間には有り得ないほどの美貌をしているという……次からは注意しなければ……」 セイルロットは迷いを打ち払うかのように頭を振ると、気を引き締め直した。 「さて、では行きますか。あの様な魔物達に好き勝手に徘徊させるわけにはいきません!」 そう言って、セイルロットが一歩踏み出そうとした瞬間。 「がああっ!?」 空から飛来した何かがセイルロットに激突した。 「たわけ! 誰が地に落ちよと言った!? 儂は空を駈けよと言ったのじゃ!」 ラッセルの背中に抱きついているアニスが怒鳴った。 「うるせぇ! 馬威駆が空を飛ぶわけがないだろうがっ!」 ラッセルも怒鳴り返す。 『そう思ってるなら、試さないでよ、旦那……』 馬威駆の側面には赤い剣が鎖で縛り付けられていた。 「うるせぇ! やってみなければわからねえだろうがっ!」 『旦那……さっきと言っていることが逆……』 赤い剣……神剣バイオレントドーンことネメシスの『声』はラッセルの脳裏に直接響いてくる。 「つまらぬ常識に縛られおって……お主にはこの魔導機は宝の持ち腐れじゃ……」 「ああ? だったら、お前が操縦してみやがれ!」 「たわけ! 儂とてできることならそうしたいわっ! だが……足が……足が届かんのじゃ……」 言葉の後半はぼそぼそとした聞き取りにくい小声だった。 「あん? 何て言った……?」 「……か、体のサイズが合わぬと言ったのじゃ!」 アニスは開き直ったかのように怒鳴る。 「……ああ、そうか。お前みたいなチビガキが運転できるわけないか、これは悪いことを聞いたな、悪い悪い」 ラッセルは意地悪く笑った。 「むっ……」 アニスは口惜しそうな表情でラッセルを睨みつける。 『ねえねえ、旦那旦那〜』 「なんだ、ネメシス? 黙ってろ!」 『でもさ、旦那……』 「ああ、なんだ?」 『さっきからずっと気になっていたんだけど……』 「あの〜、すいませんが、そろそろ退いていただけませんか?」 「うおっ!?」 「なんじゃ!?」 声は真下からした。 『人轢いてるよ、旦那……』 白い鎧を纏ったプラチナブロンドの青年が馬威駆の下敷きになっている。 「……そういうことはもっと早く言え……」 「ふむ、あの高さから落下してきた魔導機の下敷きになって生きておるとは……たいしたものじゃな、お主……」 ラッセル達は、ホワイトの街が一望できる絶壁から、空に浮かぶ至高天目指して飛び出し……飛べず、墜落したのだった。 『それを言うなら、あの高さから落ちて平気なあたし達もあたし達だけどね……』 ネメシスの声は自嘲するような響きがある。 空こそ飛べなかったものの、馬威駆は、大地に……プラチナブロンドの青年の上に見事に『着地』していたのだ。 「これ、とりあえず、さっさと退いてやらぬか」 「あ? ああ、それもそうだな」 ラッセルはペダルを踏む込む。 「えっ? ああああああああああああああああああぁぁっ!?」 青年を踏みつけていた馬威駆の車輪が急速に回転しだし、青年の悲鳴が周囲に響き渡った。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |